社長のコラム

おかげさまで100周年No1

岐阜県飛騨市神岡町の常蓮寺様の修復当時に撮った写真がありました。当時、祖父四三二は35歳で腕も磨きのかかった頃だと思います。
 その頃使用した漆刷毛の幾つかは今も尚残っています。12年前、丹生川町の浄願寺様の修復も祖父からの漆刷毛を使いましたが、何十年も前に祖父もこのお寺の修復に携わっていていました。私が生まれる前に他界していたので面識がないが、想像の祖父と同じ道具を使い、仕事を通して会話が出来たような気がしました。

2008.1.12更新

おかげさまで100周年No2

 初代の堀尾四三二は、左官職人の桐生屋新六の次男として育ちました。職人の血は塗師屋(ぬしや)として受け継がれ、23才頃からお仏壇や寺院などを手掛けるようになりました。
 仏壇のお洗濯用に使い分けていた桶は、明治42年と書かれてありました。100年の始まりであり、当店のお宝の逸品です。
 先日なんと新六から譲り受けた大風呂敷が出てきました。塗り物を包んで運ぶためのものですが、継ぎはぎだらけのそれには桐生屋新六の刺繍がありました。

2008.1.12更新

いただきます

<市民時報 19年3月号>

 浄土真宗のお経(正信偈)の始まり『帰命無量寿如来』は、『無量の命を頂いている』という意味で、空気、水、太陽等の自然の恵みの事とお聞きしました。
さらに、植物や動物の命も頂いています。ですから「いただきます」と言うそうです。
夕べの焼き魚にも言えていない自分でした。
最近では「お金を払ったのだから、言わなくて良い」なんて言う親がいるそうですが・・・・?

2007.2.14更新

経営の「経」は、お経の「経」

『仏本行経』に、人間の様々な行いは、すべてその人の心を反映している。何よりも心の調整をはかることが第1と書かれています。
人は心を動じて、「福の果報を愛好し、しかも福因は好まず」と、いいことばかり期待して、善行を心がけない人間の身勝手さを指摘しています。
商いでも、同業者をけなしたり、侮辱したりしても、幸福は訪れないでしょうね。

2006.12.17更新

不幸を招く仏様??

先日あるお客様が、親戚の人に「妻の病気の原因は、自宅に本宅と離れに仏壇が2つあるから、仏様が迷ったり、妬んだりするからだ」と言われたそうです。
本当に仏様や、御先祖がそんなことを思うでしょうか?迷ったり、妬んだりするのは実は生きている私達ではないでしょうか。
誰でも先祖の安らぎを願うように、子孫の健康や幸福を願い続けるのもと思います。
迷いから救ってくださるのが仏様とお聞きしています。

2006.12.17更新

古い仏壇

<高山市民時報 14年7月号>

古い仏壇を引き取る時に、よく「お経をあげてから」と言われます。
永年の感謝のあらわれでしょう。少なくてもご家族でお詣りしたいものです。
しかし本来は御本尊に対してお経をあげるはずです。御本尊を通してお詣りください。人が亡くなられた時の枕経も、やはり中心は御本尊です。
本来、仏壇は亡き人が入る箱ではありません。仏教も葬式のためのものでもないのです。

2006.12.17更新

観察 (仏教では「かんざつ」と読む)

<高山市民時報 14年6月号>

お釈迦様は自分を含めたこの世界はどうあるのか、そして自分はどうあるべきかを考え、悩み抜いた。
「かんざつ」とは、一生観察をしつづけ、それを説いた教えを指す意味。
やがて阿弥陀仏や極楽浄土のことを思い浮かべ、考えるという意味で用いられるようになった。

2006.12.17更新

堂々めぐり

<高山市民時報 13年12月掲載>

 堂々めぐりとは、いつまでも繰り返して、少しも進展しないことをいいますが、本来は、祈願したり礼拝する時、仏像や仏堂のまわりを回ることをいいます。
 日本では僧侶だけが行うが、インド、中国等では在家信者たちが仏堂に参る時もぐるぐる回りながら仏堂の正面にくると礼拝をします。
 宗教的に意味のあることが、本来の意味と変わっているようです。

2006.2.18更新

のどちんこ

<高山市民時報 13年11月掲載>

 「のどちんこ」の正式名を知ってますか?『口蓋栓』といいます。瞬時に食べ物や水と、空気を分け、目紛しく働いてくれてます。
 正式な名前や役割も良く知らなかった。気付いていないが、ずっ〜と、お世話になっている。私たちは感謝も忘れ、食べ物の文句を言ってばかり。
 仏に接する事とは、生かされていると気付いた時にある。寺や仏壇の中に仏がいる訳ではない。貴方の心の中に存在します。           三重県 本澄寺 梛野明仁副住職

(名古屋の講演会でのお話でした。他に親鸞聖人の絵解き法話はとても勉強になりました。)

2006.2.18更新

名古屋の講演会にて

<高山市民時報 13年10月掲載>

 本願寺の本願とは、「生きてください」と仏が願っていることを言う。
そして、「私が私に出会えた事に喜ぶ」ありのままの自分をみる。
 (私はこんなちっぽけなもの、そして半人前同士の人々のこの世)
 尊敬される人に成ろうとせず、尊敬する事のできる人に成りましょう。
               三重県 本澄寺  梛野明仁副住職

2006.2.18更新

大好評!金箔教室

<高山市民時報 13年9月掲載>

夏休み中に開催した親子金箔押し教室には、多数の御参加有り難うございました。
昨年に引き続きの企画でしたが皆様に御好評頂き、大変喜んでおります。
当社の職人が5人で御指導させていただきました。お子さまより、親の方が熱中されていたのは言うまでもありませんね。

2006.2.18更新

新店舗十周年(創業九十年)特別企画

<高山市民時報 13年4月号抜粋>

先日の感謝祭(創業90周年、三福寺店10周年)の映画「郡上一揆」の御招待に多数の御来場ありがとうございました。二部にわたり、来場者は監督さんも驚かれた1800人でした。また、御感想やお礼のお手紙まで頂き、感激しています。
映画会に際し、神山監督支援の会の皆様にはいろいろと御協力を賜り、この場を借りてお礼申し上げます。

当日は神山征二郎監督さんの挨拶をいただきました。

2006.2.18更新

夏休み親子体験教室(金箔押し)

<高山市民時報 12年8月掲載>

〜体験教室のご案内をしました〜

自分だけの金箔工芸品を作ってみませんか
当社の職人がスタッフとしてお世話します
1名の参加も可 年令も問いません

予約受付中 予定日 8月19日(昼・夜の部あり)
会場 当社2階工房 P有 



            *写真は参加者の様子です

2006.1.8更新

「ほとけ」とは、仏陀のこと?死者のこと?

<高山市民時報 12年12月掲載コラム>

 仏教の信仰対象である仏陀と、死者をともに「ほとけ」と呼び、明確な区別なしに使われるのは日本だけの習慣です。
 「ほとけ」という言葉は仏教が入る前にあった言葉という説もありますが、様々な儀礼を行うことで「和魂」(調和とやすらぎ)を求めました。
 本来、本尊様を安置して尊い教えを学ぶ為の仏壇(仏教)の役割が、死者を尊ぶ信仰の場として結びつき根付いてしまったようです。

2006.1.8更新

「九天直下」

<高山市民時報 12年11月掲載コラム>

 生死流転の世界には、例えば欲界や色界があり後者は四つの禅天に分けられ、さらに九天に分かれ、そしてその最頂上が「有頂天」となる。
 しかし有頂天はまだ色界に属し、未解脱の境地。それなのに、いい気になって有頂天の度が過ぎるとあっという間に九天から転落する。
これを「九天直下」という。

そうすると「急転直下」の語源なのかな?

2006.1.8更新

「道楽」

<高山市民時報 12年10月掲載コラム>

 仏教でいう「道」という意味の一つは、迷いを断じて得た悟りの知恵を表わす。
「道楽」の本来の意味は仏教を修行する事によって得た、悟りの楽しみのことで、法悦の境地を表わす言葉。
 しかし現代では、仏教の陰はどこへやら。単なる趣味の楽しみに変ってしまった。
              「仏教のことば」より

2006.1.8更新

仏教は哲学?

<高山市民時報 12年5月掲載コラム>

 仏教青年会の彼が「仏教とは、本当の優しさを教えるものだと思う」と言った。私は「そういう一面もある」と言い、全面的に賛意を表さなかった。
 仏教は哲学的、学問的であると心の底から思っていた。しかし二十五年経った今、改めて「全くその通りなんだよ」と言いたい気持ちで一杯である。
 若い時代は筋道を大事にし、理屈を大事にするあまり、本当の愛、慈悲の深い世界には縁遠かった。  
           永福寺 藤 賢道様(抜粋)

2006.1.8更新

真実の人となる為に

<高山市民時報 12年4月掲載コラム>

 「人間は考える葦である」という西洋哲学流でいえば、仏教での人間観は、
「苦としての存在」である。
 そして今日の人間は軽薄短小の諸社会現象にふりまわされた、快楽追求オン
リーの存在である。
 大乗仏教では、真実の人となる為には、多くの人に接し、多くの人を幸せに
すべきだと考える。

        ひろさちや著「仏教のことば」より

2006.1.8更新

いのちのバトンタッチ

<高山市民時報 12年3月掲載コラム>


  私の命はどこからきた
  母にも父にも親がいた
  そして私の命も続いてる

仏壇は故人を忍ぶ為だけの箱ではない。
「私の家では死んだ人がいないから仏壇はいらない。」(宗教無用?)
そうでしょうか?何か大切な事を忘れていませんか

2006.1.8更新

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